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Cutty Sark

Cutty Sarkは常に夢を追い続ける希望の帆船です。I still have a dreamのこころざしを持って海図にない航路を切り開きます。

紙とデジタル

2009.07.27

最近は本を読む時間があまり取れません。
忙しさを理由にしている向きはありますが、とにかく公私共に趣味や雑用が多く、じっくりと本を読む時間がなかなか取れない状況です。
それでも、最近十冊程度の本を読み終え、さらに二冊の本が執務机に載っています。
読み終わった本でとても感銘をうけた本は、
風の中のマリア」「ゆびさきの宇宙―福島智・盲ろうを生きて 」の二冊でした。
そして、これから「lQ84」と「シリコンバーから将棋を観る」の二冊を読みたいと思います。
いずれもアマゾンで購入したものです。
そこで、
最近「スクリブド(Scribd)」というサイトがあることを知りました。
"いたずら書き"または、"走り書き"という意味の英単語のScribbledを略したもので、「誰もが創作を楽しみ、その喜びを皆と分かち合ってほしい」との意味合いがあるそうです。
このサイト、いろいろな面で画期的です。

もう、二十年くらいになりますが、この「スクリブド(Scribd)」の記事を読んで突然思い出した事があります。それは物理的な本とデジタルの違いを鋭く洞察したエッセイでした。
タイトルも誰が書いたものかもすっかり忘れましたが、主旨は鮮明に覚えています。
それは、私たちが今手にしている本という物質的な制約がなくなってしまうという物語です。
コンピュータと文学者の結びつきは、非常に古くワードプロセッサーの登場から密接な結びつきが有ります。いまでは、書籍のデジタル化は一般的なことになっています。それは、あらゆる書物が仮想空間のなかで電子化されつつあるという事実を物語っています。
ネットは、膨大で、かつ巨大です。
物質性を離れると言う事は、今まで私たちが千年以上に渡り血の中にまで色濃く定着し、固定化した書籍の文化を離れると言う事が前提となりそうです。
正確には、ネットがそれを実現可能な方向に導いていると言う事になるでしょうか。
このあたらしい文化は確実に新たなフェーズに進んでいると思います。
言い換えると、我々が慣れ親しんできた、モノとしての本の属性がもしかすると、失われてしまうのかも知れないと言う事です。
これを私たちは、どのように考えたらよいのでしょうか?

デジタル化された本は、物質では有りませんので、いわゆる「パルプ」は不要です。
あるのはネットが繋がったディスプレーかモバイル端末か専用機です。
たぶん、電子の本には私たちが、長い間文化として作り上げてきた慣れ親しんだ「厚み」とか「重さ」とか「匂い」が有りません。
果たして、本が本来持っている「厚み」「重さ」「感触」といった属性を全てすててもいいものなのでしょうか。

一枚一枚めくる指の感触、脇に抱える厚みと重さ。
ページを開いたときのインクの匂い。
どれをとっても独特な雰囲気です。って、少女っぽく考えるのは感傷的で、ITを推進する企業の経営者の言葉ではないのかも知れませんが。
しかしです。本が本来持っているこのような属性と書かれている内容は、全く無関係といえば、その通りなんですが、だからと言って、本当にそう「言い切って」いいものでしょうか。

本の物質性と読書をする行為との間には、もっともっと深遠な関係が存在しているように思えてならないのです。
次世代には、物質としての形を持たない「本」が、前提になりそれを受入れ、それに慣れ親しんで
しまうと言う事なのかもしれません。なんて、SFっぽいンだろう。
しかし、いまの今、考えるには、ちょっと恐ろしいことの様に思えます。
もちろん数十年といった単位だとは思いますが。で無いかも知れないところに摩訶不思議がある訳なんです。
物質と情報は、独立してしまい具体的に本を読むという「心」とか「体」とかの感性に対して、別な次元での知識を習得するという行為になり、両者との関連性をうまく両立しなければ為らないということになりはしませんか。
いろいろ、考えさせられてしまいます。

たとえば、物質的な「本」であれば、表紙を眺め、ページを開き、めくり、閉じる。
「開く」という言葉には「啓く」という意味が附帯します。
この「啓く」は当然のことながら「啓示」に通じ、この言葉の持つ意味を探れば、宗教的な起源にたどり着く事は明白です。

ひとつ印象的なお話が有ります。
それはある「学ぶ」という物理的な光景です。
ヘブライ人(すでに死語に近い)の子供達が、ヘブライ語のアルファベットを習う最初の日に、教師は子供たちにそれぞれ石版に最初の文字を「蜜」で書かせ、それを舐めさせる儀式があるそうです。子供たちは、文字を最初に学ぶ瞬間に、知識は「甘美」なものであることを感得するちがい有りません。素晴らしい儀式と思いますが、もうこの儀式は古典的な儀式しかもしれませんね。

この時の「文字」の持つ力は、当然のことながら活字でも不可能であるし、ましてやデジタルでは有得ません。この儀式は、文字を単なる伝達媒体とする考えからは、絶対に出でこないでしょうね。
文字が電子化される事により、本来の読書や読書をするという行為・行動が培ってきた指先や手の動作が電子化してしまう事により、本来持ち続けた「感触」といった様な属性がほとんど失われてしまったらどうなるでしょう。ヘブライ語を最初に習った子供たちの教育という中に持っていた、文字と味覚の直接的結びつきは、日本の(漢字文化圏)「書道」に合い通ずるかも知れません。
書道を習う子供たちは、決まって手やブラウスの袖やズボンを墨で必ずといっていいほど汚します。文字は「染み」を作るものである事を、手を汚しながら体で理解することの重要性は、文字の電子化の中には絶対に存在せず、それがまた、大きなうねりの波に呑まれて、本が本来持ち続けた属性をすべて淘汰していくのでしょうか。

きっと、そのこと自体、今の時点で重大事であると言う事に、私たちは、たぶんはっきりとは認識できず、何十年という歳月によりその重要度をはっきりと認識し、しかしその時にはきっと、取り返しのできない染みを発見し、その広がりに呆然とするのでしょうね。

スクリブド(Scribd)」は、2007年にトリップ・アドラーを代表に二十代の若者三人で立ち上げたベンチャー企業です。
動画共有サイト「You Tube」は「あなたが番組をつくり配信し、楽しいでほしい」というコンセプト(いまでは、たいぶ趣が違いますが)だっと思いますが、スクリブドは前述したようにYou Tubeと同様な方法で、言わば文書版ユーチュープとも言えます。
すこし前のスクリブドは作家たちから最悪のサイトとして槍玉にあがっていました。
理由は、Yuo Tubeは今でもTV放送局やDVD等の映像と音楽の違法アップロードによる著作権侵害問題では話題を絶やしていませんが、それと同じことが、違法出版として、このスクリブドでも起きていたのです。
その違法出版の例として、
ホラーの著書では有名な、「キャリー(1974, Carrie )」、「呪われた町(1975,'Salem's Lot )」、「シャイニング(1977, The Shining)」、また、映画のヒット作「ショーシャンクの空に」や「グリーンマイル」等の大御所スティーブン・キング。また、バンパイヤ・ロマンスの「トライライト」シリーズの著者・ステファニー・メイヤー。さらに、ハリーパッター・シリーズの著者・J・K・ローリングといったベストセラー作家をはじめ、有名無名を問わず多くの作家の作品が違法コピーをネットに載せられていました。

You Tubeの出る前から「音楽業界」は"デジタル海賊版"に翻弄されてきた過去があります。出版界はどちらかというと「対岸の火事」に似た感覚でこの出来事を見ていたきらいがあります。
無論、以前よりいくつかのサイトで書籍をPDF等でダウンロードできる仕組みはありましたが、自宅や事務所のディスプレイで読むには一苦労でした。
それが変わったのは、ネット書店の最大大手アマゾンが販売し始めた「キンドル」のような電子書籍リーダーが普及するにつれて事態は徐々に変化か現れ始めました。
スクリブドは創業二年ですが、すでに"月間ユーザーが六千万人"だそうです。たった二年で。まさに驚異的という思いが強いです。しかし、今までは海賊版書籍を掲載していたので、出版業界からは常に槍玉に挙げられていました。
それを最近になって、彼らは徐々にですが戦略を変えようとしています。

その最大の方針転換は「有料サービス化」です。
これには常に敵であった出版業界が手のひらを返したように沸き立ったのも無理はありません。その理由は、スクリブドの方針展開によって、「電子書籍も含めた従来の出版のあり方を一新」する可能性があるからです。
スクリブドが新たに立ち上げた有料サービスは、著者が有料でアップロードし、オークションに出すような感覚で自ら作品を売ることが出来るからです。
米国では著者が脱稿から出版まで約一年から一年半かかります。そんなに待つのはいやだとする作家や出版元をなかなか探しきれない作家にとってはとてもいい仕組みと思えます。
さらに言うと、売る値付けは売り手に一任されているという画期的な仕組みです。そして、販売価格がいくらであっても、スクリブドの取り分は一律20%です。
その上、売り手は電子書籍のセキュリティ・レベルを自由に設定できるのが特徴です。コピーの有無、転送の有無、ノン・プロテクトのPDF配布も可能です。きめ細かく設定できるらしいです。
また、読み手は、アマゾン・キンドルをはじめ、ほとんどの携帯端末で読む込むことが可能だそうです。その上、スクリブドはiPhone用のアプリケーションも開発しているとの事です。

印税についても一般のペーパーバックなどより少し優遇されているらしいです。また、印税に加えて出版まで長く待たされることは無く、時代に即したテーマだった場合は、鮮度を保てるとのメリットがあります。その反面、書店販売と同じ数だけ販売できるとは限りません。しかし、スクリブドでは、無料で作品の一部を紹介したりして、購読促進を図っています。
さらに、
スクリブドは先ごろ大手出版会社と初めて大掛かりな契約を締結しました。この内容は、「米サイモン&シュスター社」の版権を持つ作品のうち五千点を電子版し、スクリブドで販売するとの事です。これは既存出版界から見たら両刃の刃になりはしないでしょうか?
電子版には、「ダ・ビンチ・コード」等のベストセラー作家が多数含まれています。読者は無料で一割を試読でき、欲しかったら普通の書籍もオーダーできるという仕組みです。

はたして、スクリブドはデジタル出版界にとってのiTunesの様な存在になり得るのでしょうか?
もちろん、巨大なライバルもいますよ。
グーグルとアマゾンです。しかし、何が起こるかわからないのがネットの世界です。スクリブドは大化けするかも知れません。

世界的に出版が斜陽産業と呼ばれて久しいです。先月読んだ「路上のソリスト」の記者スティーヴ・ロペスも小説の冒頭は、ボスの退職とコラムニストのリストラから始まります。米国もここ数ヶ月だけでも大手出版社の千人規模のレイオフに踏み切りました。
さて、スクリブドはこの流れを押しどめる力の起爆剤になるでしょうか?


参考
急成長「スクリブド」は出版のあり方を変えるか   Journalist Louise Branson
 

 

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