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Cutty Sark

Cutty Sarkは常に夢を追い続ける希望の帆船です。I still have a dreamのこころざしを持って海図にない航路を切り開きます。

さゆりとホノルル

2006.01.14

さゆり」をホノルルで発見!!

ここ20年以上毎年夏になるとHAWAIIの休暇を楽しんでいます。
この島の魅力に取り付かれた一人と言えるでしょう。気候もいいのですがこの南国の島々は「大都会」と「ど田舎」が隣接し、ミョーに解けあった感じする楽園といえます。
朝の6時に散歩し、チャイナタウンで飲茶を楽しみ、午後は人がマバラなビーチの木陰で生ぬるいビールと読書で過ごし、夕刻シャワー後、都会の洗練されたレストランで「イタメシ」を食べ、毎週金曜日恒例のヒルトン・ホテルの大仕掛けの海上花火を楽しむなんて事が可能な旅行者が楽しめる島なのです。
もちろん最初の数年間はやはりビギナー旅行者が辿る観光としてのHAWAIIを肌で感じるために島巡りや観光地を歩きました。
それが一段落した数年前から観光地のHAWAIIでなく、HAWAIIが持つの文化、歴史、芸術、固有植物や動物さらに大自然等に興味が転移し、特にこの国の「王朝時代の生い立ちから衰退・米国への編入」までのHAWAIIにとても興味が沸いています。HAWAII関係の多くの書籍を読みました。そして益々この島国の「ゆったりと醸成した文化」に共感を覚えます。「さゆり」の著者アーサー・ゴールデンが他国の文化である「Geisha」に興味を持ったように。
〔当時なにも知らずに手に取った「さゆり」の原書〕
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HAWAIIと日本の親交は西南戦争がやっとの思いで終結してから四年後の1881年〔明治14年〕にハワイ王国カラカウア王を国賓と迎えた頃と言われています。この訪問を契機に条約締結や大規模移民が開始されたそうです。

この本をワードウェアセンターの端にある一階と二階を内部階段で繋いだ書店「ボーダーズ<BORDERS>」で手に取りました。3-4年前の事だったとうっすら記憶にあります。この場所のボーダーズは既に閉店しVictoria Ward Centreに移転しています。
当時「さゆり」という言葉も情報として持っておりませんでしたし、あくまでこの本のタイトル「Memoirs of a Geisha」の中の「芸者」というタイトルに反応しただけです。たぶんその頃ベストセラーになりつつあったのだと思います。このハードカバーの厚みのある本を立て掛けてあると「とても目に」つき易いです。僕が日本人だからかも知れませんが。
初めてホノルルに「ボーダーズ」を見たときは感激しました。それより二年ほど前にサンフランシスコで見かけ気に入って滞在中数回行きました。それがホノルルに進出し、展開をし始めた時でした。

実はその後数年間HAWAIIで手に取った「Memoirs of a Geisha」を思い出すことはありませんでした。勿論昨年映画「さゆり」が封切りになっても思い出しませんでした。
その事を思い出させてくれたのが知人との会話です。その知人は帰国子女で「さゆり」の原書である「Memoirs of a Geisha」を発売当時読んでとても感動したそうです。その後この本の映画放映権を「スティーブン・スピルバーグ監督」が取得したことを知り、そのキャスティングに期待し「ワクワク」気分で映画情報を気にしていたらしいのですが、一向にその発表はなかったそうです。そしてそれから数年後キャスティング発表され、「以外」に思いながらも封切りを待ち望んだそうです。
この話を聞いて数年前の間違いなく「あの本」の事を思い出しました。
全く「表紙の写真」がおんなじだぁ。あれが「さゆり」だったんだ。とい言うわけでした。

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〔英語版の最近のカバー〕
知人が以外に感じた主要なキャスティングです。
新田さゆり(主人公)……チャン・ツィイー(章子怡)
初桃(芸妓)……コン・リー(鞏俐)
豆葉(姉芸妓)……ミシェル・ヨー
岩村堅(さゆりが慕う年上の男性)……渡辺謙
延俊和(さゆりに恋する男性)……役所広司
おカボ(さゆりの親友)……工藤夕貴
置屋の女将……桃井かおり
意外性はアーサー・ゴールデンが日本の文化と芸者についてほぼ10年の歳月をかけて深く完璧に追求していますが、主役の「さゆり」の配役はチャン・ツィイーでした。無名でも日本人を起用すべきというが知人の「意外性」の真相でした。僕も賛成です。個人的には「小雪」の「ひたむきさ」が役柄として際立つのではと考えたりもします。小説を読み終わって配役構成を考えると岩村堅の「渡辺謙」、延俊和の「渡辺謙」はぴったりだ。
この小説で最も素晴らしく感じたことがあります。それは「訳者」です。
この小説の訳者は「小川高義」という方です。
悲しいかな英語でどんなに表現しても「京都弁」を伝える事が出来ません。京文化、芸妓、全てそうです。原作はあくまで「芸者」を英語圏の方に認識させること成功したようです。しかし、その文化を持つ我々「日本人」に心の底から原作の価値を知らしめたのはやはり訳者の小川高義と言う事になるのではないでしょうか。

 

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