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Cutty Sark

Cutty Sarkは常に夢を追い続ける希望の帆船です。I still have a dreamのこころざしを持って海図にない航路を切り開きます。

積み重ね

2011.01.08

突然野球の話で大変恐縮ですが、
30年ほど前のメジャーリーグの1983年のワールドシリーズで、MVPを取得した捕手がいます。
彼の名前は「リック・デンプシー」という聞き慣れない野球選手で、当時から特に才能があったという評価を得ていませんでしたが、選手生活は25年を超えています。メジャーリーグでの四半世紀の在籍は、ボクの様な野球に詳しくなくても、それが並大抵で無いことは想像できます。

彼は、当時アメリカンリーグの西地区の覇者「シカゴ・ホワイトソックス」を破り4年ぶりに出場した「ボルチモア・オリオールズ」に属していました。また、このシリーズの対戦相手は「フィラデルフィア・フィリーズ」で、ナショナルリーグの西地区の覇者「ロサンゼルス・ドジャース」を破り、3年ぶりの出場でした。
この対戦での結果は、五戦のうち4勝1敗でボルチモア・オリオールズが、13年ぶり3回目の優勝しており、捕手リック・デンプシーは、MVPとして打率.385、4二塁打、1本塁打、2打点の好成績を残しました。しかも、リック・デンプシーはワールドシリーズ初選出でした。
彼のシリーズ出場はこの年だけでなく、1979年と1989年に計三回の機会を得ています。これは中々出来ないことして特記すべき成績と云えるでしょう。

彼のメジャーリーグの業績を、滔々と述べてきましたが、興味があるのはその成績を積み上げた「リック・デンプシーの野球哲学」です。彼の哲学がとても魅力的で、これを紹介したくて長々と説明しました。内容は彼が1988年に雑誌ニューヨーカーの誌上で明かしたインタビューの抜粋です。
全文を紹介出来ませんが、心に残るインタビュー内容を書き出してみたいと思います。

  『必要なのは、正しくプレーすることだ。
   必要なのは、正しく考えることだ。
   来る球、来る球すべてをひっぱろうなどと考えてはいけない。
   明日は相手をこてんぱんにやっつけてやろう、などと考えてもいけない。
   結果がどうなるか誰にもわからないからだ。
   何もかも自分ひとりでやろうとしてはいけない。
   一試合、一試合が大事だ。
   バッターは、一打席、一打席討ち取るしかない。
   試合前に話し合ったことや打ち合わせたことは、きちんと実行しなければならない。
   一度にスリーアウトをとることは出来ないし、
   一度に五点を挙げることも出来ない。
   ひとつひとつのプレー、ひとりひとりの打者、ひとつひとつの投球に集中することが必要だ。
   すると、スローモーションの映像のように、ゲームがはっきり見えてくる。
   うんとこまかいところまでが、分解写真のように見えてくるんだ。
      こういうふうにゲームに向き合うと、
        -----つまり、ひとつの投球、ひとりの打者、ひとつのイニング、
           ひとつのゲームに神経を集中させること------
   ふと気がついたときには、試合に勝っているんだ。』

なんとリアルで分かりやすい「野球哲学」でしょう。
野球に限らずスポーツの世界では、小さな出来事の「塵も積もれば山となる」の単純明快な法則が成り立っています。この心構えは、当然ビジネス・シーンでも人生でも、同様な実践哲学といえるでしょう。
マリナーズのイチローの2004年のメジャー新記録262安打も、彼の10年連続200安打の達成も、人生と同様に小さな積み重ねの連続だからです。150を超える試合数とその9倍のイニングスの間に積み上げられた数値は、試合数が嵩むごとに大きな差として圧し掛かります。


考えようによっては、スポーツは一見単純に見えます。
それは、スポーツの目的が明白で、単純明快に表現できるからだと思います。
相手サイドのエンド・ゾーンにボールをおく。
相手サイドの輪にボールをくぐらせる。パックをゴール・ネットに入れる。
そして、相手サイドがそうするのを全力で防ぐ。
これがスポーツの目的であり、それ自体そう複雑ではありません。
しかしです。
いざ、フィールドに出ると、そうはいかないのです。
そこにはいくつもの微妙で、繊細な要素が絡み合い複雑でバランスに欠く状況が存在するからです。なので、そこには技能の他に、多くの経験とそれ以上に、明晰な頭脳を必要とするわけです。

先述のリック・デンプシーは捕手ですから、
当然自分の位置であるホームプレートからゲームを見渡し、ひとつひとつの投球に関与してきました。つまり彼は、ゲームに参加するどの選手よりも厳しい選択と判断を強いられることになり、より多くの経験値と頭脳を使うことを要求されるわけです。
そういえば、名捕手の野村克也は「キャッチャーは監督の分身」だといっていますが、的を得た表現といえるのではないでしょうか。

そのことは監督に捕手経験者が多いことに裏づけされています。例えば、国内のプロ野球監督は野村克也の他に森祇晶、上田利治、伊東勤、梨田昌孝、田淵幸一らが上げられます。最近では、監督に就任しませんでしたが、その素質を認められた監督兼捕手の古田敦也がいます。
では、
いったい監督の役割とは何なのでしょうか。そして、監督の責任とは。
最も重要な監督の役割とは、毎試合ごとに完全に近い状態のチームを常に整備しておくことでしょうか。それは、いったい何をどの様にしたらいいのでしょう。
まずは、自軍の過去の実績からプレイヤーの力量を把握していなければならないでしょう。そして自軍だけでなく、きっと相手チームの力量もつかんでいなければならないでしょうね。
すべての選手はその背番号とともに、過去のすべての数字を背負っています。その数字を見ることによって、その選手の現在の技量と限界と傾向をはっきりと読み取れることになります。
データがきちんと整備されている現代はより鮮明であるといえるでしょう。
もちろん、それがチームになってもその傾向はある程度把握できるという論法です。

これは正に経営者の役割と同じですね。
ボードメンバーはまずは後方から仕事を開始します。監督やコーチたちが、たぶん殺風景な監督室で情報という名の無数の点を駒のように並べ、これから始まるゲームに臨みキャンバスに相手チームの姿を描き出します。それは、じっくりと熟慮した戦略について経営者たちが最終的な方針と判断するのにそくっりです。無数のデータをキャンバスに並べて鑑賞するには絵から離れる必要があります。距離を置けばさまざまな色や細かい点が溶け合って形をなし、描線や濃淡がはっきりと見えてくるものです。
経営者もこれと同様な行為を行います。自社の強みと弱み。さらに、自社の製品やサービスの市場性と競合関係についても同様な方法で分析し、見える化を行い、距離を置いて鳥瞰します。
監督やコーチたちは、全体の形を見極めるとそろってフィールドに出ることになります。私たち経営者も戦略が組織に浸透することを確認するとそろってフィールドに出動し、ビジネスの実態を肌で感じます。
きっとその時にあのリック・デンプシーの言葉が心の奥から湧き上がることでしょう。
   「必要なのは、正しくプレーすることだ。
          必要なのは、正しく考えることだ。」

 

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